"IF I HAD A HAMMER"

 




もし私にハンマーがあったなら
朝方にハンマーをたたく
夕方にハンマーをたたく
この辺りいっぱい響き渡るように

そのハンマーで
みんなに危険を知らせよう
みんなに注意をうながそう
わたしたち兄弟姉妹
愛し合おうと呼びかけよう
この辺りいっぱいに聞こえるように


もし私に鐘があったなら
朝方に鐘を鳴らす
夕方に鐘を鳴らす
この辺りいっぱい響き渡るように

その鐘で
みんなに危険を知らせよう
みんなに注意をうながそう
わたしたち兄弟姉妹は
愛し合おうと呼びかけよう
この辺りいっぱいに聞こえるように


もし私に歌があったなら
朝方に歌をうたう
夕方に歌をうたう
この辺りいっぱい響き渡るように

その歌で
みんなに危険を知らせよう
みんなに注意をうながそう
わたしたち兄弟姉妹は
愛し合おうと呼びかけよう
この辺りいっぱいに聞こえるように


正義をつげるハンマー
自由をならす鐘
愛をうたう歌
わたしたち兄弟姉妹のため
この辺りいっぱい響きわたる

正義をつげるハンマー
自由をならす鐘
愛をうたう歌
わたしたち兄弟姉妹のため
この辺りいっぱい響きわたる



If I had a hammer
I'd hammer in the morning
I'd hammer in the evening
All over this land.

I'd hammer out danger
I'd hammer out a warning
I'd hammer out love between my brothers and my sisters
All over this land.

If I had a bell
I'd ring it in the morning
I'd ring it in the evening
All over this land.

I'd ring out danger
I'd ring out a warning
I'd ring out love between my brothers and my sisters
All over this land.

If I had a song
I'd sing it in the morning
I'd sing it in the evening
All over this land.

I'd sing out danger
I'd sing out a warning
I'd sing out love between my brothers and my sisters
All over this land.

It's the hammer of Justice
It's the bell of Freedom
It's the song about Love between my brothers and my sisters
All over this land.

It's the hammer of Justice
It's the bell of Freedom
It's the song about Love between my brothers and my sisters
All over this land.



『あの人に会いたい』アマチュアカメラマン 増山たづ子
(NHK、2015年9月5日放送)



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増山さん:
 本当に、本当に諦めるなんてないでしょう? 人間は。
 本当の諦めってあるでしょうか、人間は。
 あんたはどう思いますか。
 どう思う、あんたは? 人の心って。


(ナレーション)
失われてゆくふるさとの姿を記録しつづけたアマチュアカメラマン、増山たづ子さん。
〈カメラばあちゃん〉の愛称で親しまれました。
60歳をすぎてから撮りためた写真は、アルバムにしておよそ六百冊。
10万カットにも及びます。
亡くなる直前まで、ふるさとへ想いを馳せ、シャッターをきりつづけました。

 増山さん:
 これは、大事なふるさとを失ってみた者でないとわからんわ。
 親がおるうちは、おうちゃくも言うがな。
 親が死んでまうと、そうすると、親のありがたさというものが、しみじみ分かるがな。
 それと一緒じゃ。
 失ってみた者でないと、こういうな、悲しみというものは、なかなか、、、。


(ナレーション)
岐阜県、徳山村。
大正六年、増山さんはこの村の宮大工の家に生まれました。
勉学に励むいっぽうで、山深い自然のなかの暮らしを愛する少女でした。

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 増山さん:
 まあ、山のなかで、町のもんが見りゃあな、
 「あんな山のなか、どこが良うて」っちゅうなもんやけどな。
 困ったときはお互いに助け合って、そして、「あれがないか」「これがないか」って助け合うし。
 笑いながら、歌いながら、仕事をした。うん。

 でな、町のもんから見るとな、豪雪地帯やろ?
 雪が大変じゃろなと思うけれども、
 こりゃあな、極楽のようなとこ、私たちには。

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(ナレーション)
昭和11年、同じ村の宮大工と結婚。
一男一女にも恵まれます。
しかし、昭和16年、夫が二度目の応召で、インパール作戦へ。
生死不明と告げられます。

戦後、夫の無事を信じて、留守を守りつづけた増山さん。
昭和52年に、ダム建設で村が消えるという計画がうごきだすと、
カメラを手にとり、カメラばあちゃんになりました。


 増山さん:
 家のとうちゃんがな、もし戻ってきたとき、
 夢にまで見たであろうアガデのふるさとがダムになってまっとっちゃな、
 「どうやって、ダムになったんじゃ」って訊かれた折に、説明のしようもないわと思ってな。
 昭和32年から、「明年はダムになる」「さ来年にはダムになる」って、こうやって、引き延ばされてきたんやしな。
 あんまり長うなったし、それから、だんだんと、反対しとる明治生まれの気骨のある人間も死んでいくしな。
 こりゃあ、国がいっぺんやろうと思ったら、戦争もダムも、必ずやるに違いないで。
 こういうな、大川にアリが逆らっとるようなことをな、しとっても、しようがないでな、
 ちぃとでも、これは残しとかんてぇと。


(ナレーション)
村を記録するという、強い決意。
生まれてはじめて手にしたカメラで、徳山村で生きる、村の人たちのポートレイトを写し始めました。

まもなくダムに沈んでしまう・・・。
切迫感を、笑い声を打ち消しながら、シャッターをきりつづけました。

 増山さん:
 この人とも、もう、これでお別れ、
 この人ともお別れ、と思って、
 もう、ひと月も無いんじゃからと思って、撮った。

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(ナレーション)
その視線は、花や樹木にも向けられます。
苦しいとき、悲しいとき、本音を語った、ふるさとの友を失うという気持ちでした。

 増山さん:
 何百年も立っとる樹が、まあその、ずうっとそこにあって、
 「何をトロくさいことを言うとるんじゃ、このワシを見よ」ってな、
 「大水に  根をあらわれ、台風がくりゃあ枝を折られても、こうやって何百年も立っとんじゃぞ、トロくさいこと言っちゃあアカンぞ」ってな、
 励ましてくれる、いつもかも。

 これなんかも、生きながらにして、こうして、ダムに徐々に沈んでいくんかしらんと思うとな・・・可哀相な気がしてな。

(ナレーション)
写真を撮りはじめて六年目、最初の写真集を出版し、村の人たちに配りました。
しかし、ダム建設をめぐって、人々のあいだに亀裂がはいり、翌年、村外への移転もはじまりました。
家を壊し、更地にした人々・・・それが、保証をうけるための条件でした。

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最後の祭りが行われた夜も、増山さんはシャッターをきりつづけました。
初めてカメラを手にしてから、九年の年月が流れていました。

(村人の祭りのかけ声)
ワッショイ ワッショイ
ワッショイ ワッショイ

(ナレーション)
写しても、写しても、写しきれない。
村が地図から消えたあとも、増山さんは活動を続けます。
移転先を一軒一軒たずね、声をかけ、交流をつづけました。

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増山さん(訪問先の友人に写真を渡しながら):
 これ見てみよ、あんたにもあげたじゃろ、これ。
 ハッハッハッハ。
訪問先の友人:
 いかにも嬉しそうなこと!
 どうやね、こりゃあ、やれ嬉しい。
増山さん:
 憶えとるか、これ?

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増山さん(写真を撮影する):
 えー、とー、さん、と。

(ナレーション)
新たなポートレイトも撮影します。

増山さん(訪問先の知人に):
 忘れたことはないぞ、うん。
 ときどきな、わしゃあ、あんたのとこに電話するんや。
 泣くなて!
 せっかく楽しいのに泣いちゃあかん。

増山さん(取材に応じて):
 やっぱし思い出してくれるんだろうな、ふるさとのことを。
 どういうわけか知らんけど、わたしが行くと、みんな笑いだすんでなあ。
 わたしも、また、ワハハって笑うしな。
 うん、うれしいな。

 人間は、いつ、ぶっ倒れるかも分からんし、どういうことがあるかも分からんし、もうこれが最後、これが最後、と思って撮らしてもらうし、明日が今日あるかどうか分からんですから。

 その時その時に、あたえられた(聴き取り不可)なんか、
 すこしでも幸せを見つけていかんとな、
 人生が暗くなる。

(ナレーション)
失われていくふるさとと人々の姿を記録しつづけた増山たづ子さん。
「ふるさとは心の宝。」と、カメラを手に闘いつづけた人生でした。


 増山さん:
 本当に、本当に「諦める」なんて無いでしょう? 人間は。
 どう思う、あんたは?
 人の心って。

 もうね、スパッとね、仕方がないっちゅうて、
 例えば、大根の尻っぽをピシャッと切ってね、
 そうやって、パッと離れられるような「諦め」って、人間にはあるんでしょうか?
 あなたはどう思いますか。

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(エンドタイトル)
 アマチュア カメラマン 増山たづ子 1917-2006

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『あの人に会いたい』やなせたかし

 
『あの人に会いたい やなせたかし(NHK、2014年3月15日放送)


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漫画家、やなせたかしさん。
子供たちに大人気、『アンパンマン』の生みの親です。
アンパンマンは、困っている人に自分の顔を食べさせて助けるヒーロー。
やなせさんは、自らの考える「正義」を伝えようとしたのです。

やなせ:
正義の味方だったら、そこにひもじい子供がいれば、その子供になんか食べるものをあげるっていうほうが、一番正しいんだと思ったんですね。
つまりですね、怪獣をやっつけるよりもですね、まず、お腹が空かないようにしてあげることが正しいんだ、と思ったんです。

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やなせさんは大正八年生まれ。
少年時代を高知県で過ごしました。
子供のころから漫画が大好きで、絵にかかわる仕事をしたいと学生時代はデザインを学びました。
しかし、夢へと向かう道へ、戦争が影をおとします。
昭和15年、徴兵され、その後 中国の戦地に送られました。

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当時、やなせさんは戦争の正義を信じて戦いました。
ところが、終戦を境に、自分の信じた正義は一転してしまいます。

やなせ:
正義というのはね、逆転するんですよ。僕らは、兵隊にいって向こうへやられたとき、「これは正義の戦いで、中国の民衆を救わなくちゃいけないんだ」と言われた。ところが、(戦争が)終わってみれば、おれたちが非常に悪いやつで、侵略をしてたってことになるわけでしょ。
だから、ようするに、戦争に、真の正義というものは無いんだ。


「正義」への疑問をかかえたやなせさん。戦後は、プロの漫画家を目指します。
しかし、漫画だけでは食べていく事ができず、イラストレーターや舞台美術など、さまざまな仕事をします。
そうしたなかで、やなせさんが作詞した「手のひらを太陽に」は、NHK『みんなのうた』で流れ、注目をあつめました。

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やなせ:
漫画の仕事が無いんだよ。で、夜、仕事をしていてですね、わびしいんだよね。それで、電球のところで、こう、手を見ているとですね、血の色がすごく赤くみえるんですよ。オレは元気が無いんだけど、血は元気なんだな、と思ってね。
「手のひらを太陽に透かしてみれば」っていう歌をつくったんだ。


いっぽう、本業の漫画ではなかなかヒット作にめぐまれません。悩みつづけたやなせさんは、ずっと心にかかえてきた「正義」をテーマとする作品を描きはじめます。
昭和44年、はじめて「アンパンマン」が登場します。
アンパンマンは、お腹をすかせた子供にアンパンを配って廻る、小太りの男。
当時流行していた正義の味方とはまったく違うヒーローでした。

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その後の作品で、アンパンマンはいまの姿におおきく、ちかづきます。
主人公は、売れない漫画家。
「アンパンマン」という作品を出版社に持ちこみますが、門前払いです。
お腹がすいて倒れそうになったときに現れたのが、アンパンマン。
《さあ、オレのほっぺたをすこしかじれよ。遠慮するな。ガブリといけ。》
やなせさんの考える本当の正義が作品として描かれました。

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やなせ:
正義をおこなう人はですね、自分が傷つくということを覚悟しなくじゃいけない。だから、アンパンマンは自分の顔をあげる。
自分のエネルギーは落ちるんだけど、それは、そうせざるをえない、そうしなくては仕方がない。つまり、正義には、一種の悲しみというんですか、傷つくというところがある。そんなにカッコいいもんじゃない。

昭和48年、やなせさんは、ストーリーと絵をわかりやすくして、幼児向けの絵本を出版します。大人たちからは、自分の顔を食べさせるという設定がグロテスクだと不評でした。しかし、子供たちの反応は違いました。幼稚園や図書館でアンパンマンの絵本を夢中になって読んでいたのです。

昭和63年に、テレビアニメも始まります。漫画家になって35年。69歳になってやっと手にした代表作でした。
アニメの主題歌も、作品への想いをこめて作詞しました。

やなせ:
   なんのために生まれて
   なにをして生きるのか
   こたえられないなんて
   そんなのは いやだ!
   今を生きることで
   熱い こころ 燃える
   だから 君は いくんだ
   微笑んで


アンパンマンを描きつづけたやなせさん。
そのいっぽうで、三十年以上、無報酬でつづけた仕事があります。
イラストレーターや詩人を目指す人たちが作品を発表する雑誌の、編集長です。

やなせ: この世の中へ出ていくときに、なんにも無いんですよね。なんにも無いところへ、僕らは売り出していくわけだから。どっかで、手掛かりが欲しいんだけど、なかなか無い。だから、僕の場合は、そういう手掛かりをね、いくらかでもチャンスをあげられるようにしたい。

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2011年3月11日、東日本大震災。
当時、やなせさんは九十歳をこえ、引退を決意していました。
そこへ、本人もおどろく知らせがとどきます。
ラジオで、「アンパンのマーチ」にリクエストが殺到しているというのです。
(ファックス)《アンパンマンに元気をもらいました》
(ファックス)《子供が「ぼく頑張るよ」とつぶやいていました》

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やなせ: ですから、現地の子供から手紙がくるんですけどね、「わたしはすこしもこわくない。いざというときは、アンパンマンがたすけにきてくれるから」って書いてあるんだよ! そう信じてるならですね、やっぱり、それに価することをしなくちゃいけないなあ、と。

やなせさんは病気に冒された体をおして、被災者の支援にのりだしました。
直筆の色紙には、《きっと君を助けるから》とアンパンマンの言葉をしるしました。

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漫画家、やなせたかしさん。
自らの想いをアンパンマンに託して、亡くなる直前まで描きつづけました。


やなせ: 僕はもう死んじゃいますしね。でもね、アンパンマンそのものは、どうも、生きるんじゃないかと思います。
自分が晩年になって、このヒーローにめぐりあったわけなんで、もう夕日なんですね。
そのなかで、きみに会えてよかった、と思ってます。

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(エンドタイトル)
 漫画家 やなせたかし 1919-2013

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なんとかするための方法

 
平和をまもっていく方法、戦争をなくす方法、経済格差や貧困をなくす方法。若い命をまもったり、誰でも何もおそれることなく生きていけるような社会にする方法。
いったい、そんな方法は、あるでしょうか。

それは、僕はあると思うようになりました。

そのための、もっとも簡単で、もっとも優れている方法とは、「ひとが集まること」であろうと思われます。
唯一の方法、といってもいいかもしれない。

大規模がよいかもしれないけれど、小規模でも良いのです。
たった一人や二人であってもいいのです。
数十人や数百人の集まりもよいでしょう。

数千人や数万人なら、国家的に何かが変わる可能性が生まれると思います。さらに、数十万人なら、確実に国家をうごかす力が生じます。
しかし、数千人や数万人が集まらなければ何も変わらない(または、何もまもれない)と言ってしまうのはオカシイと思います。
それは自分一人の力を棄ててしまっているからです。
自分一人の力を棄ててしまうと、ガラガラと平和はくずれさり、弱いものから順番にひどい目に合わされる世の中がやってきます。

ひとが集まること。これ以外に方法論は無いといっていいんじゃないかと僕は考えています。
これが僕が、「どうしたらいいんだろう」と浅知恵でかんがえて、この数年間(たったの数年間なのですが)で、たどりついている結論です。
言うまでもありませんが、こんなことは、数十年、いや数百年前や数千年前から、すでに得られている答えですし、日本中や世界中で膨大な数の人たちがすでにそのように行動しています。

でも、ちがうかもしれません。
僕は、つい最近に、見たり聞いたり読んだりして考えただけのことです。
ただ、どうやらほんとうに、たくさんの人が実践していますから、僕は確信は増すばかりです。(それこそが、「人が集まる」ということの意味だと思うのですが。)

どう思われますか。

災害と表現

 
今年はとんでもない年となった。
記録的な猛暑、中国四国地方の豪雨、大阪の地震、大阪の台風、そして北海道の地震。
被害に遭われた方々に心よりお見舞いを申し上げます。

時期は良くないかもしれないのですが、「災害と表現」ということについて書いてみたいと思います。
僕は、あの、七年前の東日本大震災の、すぐ後のことをよく思い出すのです。
映画監督・宮崎駿が、『コクリコ坂から』の完成にともなって記者会見を開きました。2011年3月28日のことでした。

僕はそのとき、「えっ、よりによって宮崎駿が・・・。一体どんな顔をして登壇するのだろう?」と思いました。

ご存知のように、宮崎駿はずっと自分の作品で「洪水」や「溺れる」や「街が海に沈む」ということを何度も何度もメインテーマとして扱っているからです。
『千と千尋の神隠し』『崖の上のポニョ』『未来少年コナン』『パンダコパンダ』『雨降りサーカス』『カリオストロの城』など。他にもありますかね。(すべての作品を観ているわけではないので。)『天空の城ラピュタ』も原作は海に沈んだ世界の話だったはずです。『となりのトトロ』でも、メイちゃんが池で溺死したのではないかと疑われます。(実際には無事でした。)

じつは僕は、宮崎駿が、なんらかのかたちで反省の意を表明するかもしれないと思いました。
人が溺れたり、街が水の底に沈むことを、娯楽映画のなかで描きすぎた。いくらかは明るい情景として。
ところが実際は逆でした。そのとき彼はもっと意義のある説明をしました。

《私たちの島は、繰り返し繰り返し、地震と火山と台風と津波に襲われてきた島です。それでも実はこの島は、非常に自然の豊かな恵まれた国だと思います。多くの困難や苦しみがあっても、もう一度、もっとより美しい島にしていく努力の甲斐のある土地だと思います。今は本当に、埋葬されない人をいっぱい抱えながら、あまり立派なことは言いたくありませんが、この自然現象の中で国を作ってきたわけですから、そのこと自体を僕らは絶望したりする必要はない。(中略)今、僕は文明論的に高所からいろんなことは語りたくない。死者を悼むところにいたいと思います。》

つまり、日本人というものは、ここに住むかぎりは、つねに水難と向き合わなければならない。しかし日本列島は、その苦労に見合うだけの、山の幸、海の幸、川の幸のある素晴らしい土地であって、私たちの祖先はここに住みつづけようと、何百年か何千年かけて決心したのだ、と言っています。
これを聞いて僕は、宮崎駿によくよくの考えがあって、わざわざ水難を描いてきたのだと驚嘆しました。なんらかの個人的体験のみにもとづいてあのような作品をつくっているのだと思っていた僕はあさはかでした。
いうなれば、「千尋」が川で溺れた恐怖体験を乗り越えて大人になることや、「宗介」の家族が大波と闘いながらも海と共存していること、「コパンダ」が川に流されて父親に救われること、「コナン」が文明が海に沈んでしまった世界で生きること、これらはすべて、日本という列島にはつねに水難がつきまとうこと、そして日本人がその苦難と闘っている様子をあらわしているのだと言い切っても過言ではないのでしょう。

   *   *   *   

ところで、宮崎駿の映画は「震災前」の作品です。東日本大震災のあとに津波と原発事故を描いた映画といえば、『君の名は。』というのがありました。(よく引き合いにだされる『シン・ゴジラ』は僕は観ていません。)
じつは、僕は、こんな恐ろしい作品がはずかしげもなく映画館で上映されたこと自体、僕はいまだに信じられないのです。
この映画は、東日本大震災を「ひっくり返して描く」ということをやっているようです。「海」は「空」に、恐ろしい津波は美しい彗星に、海岸は山に、冬は夏に、空前の規模の原発事故は意図的な小さな変電所の火事に。そして男と女(これは東京と東北を表している)、過去と未来、が「ひっくり返る」ことによって、すべてがうやむやになり、最後は「助からなかった人たち」が「助かった」という、それこそ「ひっくり返し」がおきます。なんのメッセージも意味も持ち得ない作品です。ふざけているとしか思えません。
言いたいことは分かります。「東京と東北は深い〈絆〉で結ばれている。けれども、お互いのことを良く知らない。そして、このたびも、救いの手を差し伸べることも出来なかった。いつかは出会える日がきますように。」ということです。
最大の問題は、いうまでもなくエンディングです。家族などの大事な人を失った方々にむけて、「あなたの愛する人たちは、もう一つのパラレルワールドでは元気に生きているかも」・・・なんて、どんな神経の持ち主が言うのでしょうか。
商業作品だから、最後はハッピーエンドにすることが求められたのでしょう。それならば震災なんて扱わなければ良かったのに。だからこそ、この映画は決定的にダメです。あまり人を批判することはしたくありませんが、やはり、「ふざけるな!」と言いたい。

そしてこの映画は大ヒットしました。理由は簡単です。「もしあの震災で人々が助かっていたら・・・」なんて、日本人全員が望んでいるに決まっています。その願望を、ぼんやりと、あやふやにして映像化したからです。
こんな映画を許していいのでしょうか。

*     *     *

どうしたらいいのか。僕の思っていることを書きます。 
それは、僕たちは、表現の際には、表現を受けとる際には、問題の「中心」に向かうことが必要なんだと思います。 
雰囲気、空気、なんとなく、ふちどり、周り、その辺り、見た目、外側、包装、ビジュアル、には意味がないのだ。そんなものだけでやりすごしてこれた時代は終わったと思う。
この『君の名は。』でいうならば、「雲の絵がキレイ」とか「音楽が感動的」とか「女の子と男の子がワー」とか「時間と空間がワー」とかいくら言ったって、問題の中心が描かれていない以上、何の意味もないことなのだ。

外側を飾りたてて、周辺でお茶を濁していても絶対にたどりつけない。
表現とは、どうにかして、その中心を描かなければいけないと思う。

"PEOPLE GET READY" by The Impressions, 1965



みなさまご準備ください
列車がまいります
荷物は要りませんので
ご乗車ください

信仰をお持ちの方だけに
ディーゼルエンジンの音がきこえます
切符も必要ありません
神に感謝するだけで良いのです

みなさまご準備ください
終着駅はヨルダンでございます
大陸を横断して
停車駅でみなさまを拾って参ります

信仰がカギとなっております
ゲートを開けてご乗車ください
神から愛されている人すべてに
希望をご用意してございます

のぞみがない罪人には
座席はございません
例えば自分のためならば
人を傷つけるような方

席が見つけられない方は
誠にお気の毒でございます
かの王国に到着しましても
隠れ場所はございません

みなさまご準備ください
列車がまいります
荷物は要りませんから
ご乗車ください

信仰をお持ちの方だけに
ディーゼルエンジンの音がきこえます
切符も必要ありません
神に感謝するだけで良いのです



People get ready
There's a train a-coming
You don't need no baggage
You just get on board.
All you need is faith
To hear the diesels humming
Don't need no ticket
You just thank the Lord.

People, get ready
For the train to Jordan
Picking up passengers
Coast to coast.
Faith is the key
Open the doors and board them
There's hope for all
Amongst the loved the most.

There ain't no room
For the hopeless sinner
Who would hurt all mankind
Just to save his own.
Have pity on those
Whose chances grow thinner
'Cause there's no hiding place
Against the kingdom's throne.

So people get ready
For the train a-comin'
You don't need no baggage
You just get on board.
All you need is faith
To hear the diesels humming
Don't need no ticket
You just thank the Lord.




インプレッションズの初来日(そして最後の来日)を記念して、
公民権運動讃歌である1967年のこの名曲を紹介します。

"WE'RE A WINNER" by The Impressions, 1967




私たちは勝者の民。
"黒ん坊、お前には無理だ" なんて
絶対に誰にも言わせてはいけない
そんな言葉が
私たちの能力を紡いできた

もう泣くことはない
溜めこんでいた涙はついに拭き取られた

 上へ進んでいくんだ
(上へ進んでいくんだ)
 おお神よ力を
 上へ進んでいくんだ
(上へ進んでいくんだ)

ここに居るのは目覚めし者
あの黒い土から学んできた

私たちは勝者の民。
誰しも知っている
そしてこれからも闘いつづけるのです
指導者たちもそう説いている

ついに祝福の日は来た
ここに居る者全員でよろこびましょう

 上へ進んでいくんだ
(上へ進んでいくんだ)
 おお神よ力を
 上へ進んでいくんだ
(上へ進んでいくんだ)

 [間奏]

 上へ進んでいくんだ
(上へ進んでいくんだ)
 おお神よ力を
 上へ進んでいくんだ
(上へ進んでいくんだ)

何事も恐れないと示すためなら
この世の命など惜しくはない

私たちは勝者の民。
誰しも知っている
そしてこれからも闘いつづけるのです
指導者たちもそう説いている

ついに祝福の日は来た
ここに居る者全員でよろこびましょう

 上へ進んでいくんだ
(上へ進んでいくんだ)
 おお神よ力を
 上へ進んでいくんだ
(上へ進んでいくんだ)

 これからも闘いつづけるのです
 私たちは勝者の民
 さあみんな
 上へ進んでいきましょう



We're a winner.
And never let anybody say,
"Boy, you can't make it."
Because a feeble mind is in your way.
No more tears do we cry
And we have finally dried our eyes.

 We're moving on up
(We're moving on up)
 Lord have mercy
 We're moving on up
(We're moving on up)

We're living proof in alls alert
That we're true from the good black dirt.
And we're a winner.
And everybody knows it too
We'll just keep on pushin'
Like your leaders tell you to.

At last that blessed day has come
I don't care where you come from.

 We're moving on up
(We're moving on up)
 Lord have mercy
 We're moving on up
(We're moving on up)

I don't mind leaving here
To show the world we have no fear
Because we're a winner.
And everybody knows it too
We'll just keep on pushin'
Like your leaders tell you to.

At last that blessed day has come
I don't care where you come from.

 We're moving on up
(We're moving on up)
 Lord have mercy
 We're moving on up
(We're moving on up)

We'll just keep on pushin'
We're a winner.



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