現代の戦争

 
ぼくが小学校三年生のとき、『はだしのゲン』を読みました。
そして思いました。「なぜ、戦争などという、誰が見ても愚かなことが、馬鹿げたことが起こるのだろう?」。
この問いはとても重要ですが、けっこう難しくて、なんだかんだ言っても、やっぱり解明されていないように思います。
太平洋戦争がなぜ起こったか、日中戦争がなぜ起こったか。
大きな組織(国家)の話ですから、話が重層的に入り組んでいるので、あまり明快な答えが聞かれないのです。

でも、だいたい、答えは、
「庶民の命なんてこれっぽっちも気にしていない勢力が権力を握るに至ったから」
ということではないのか。
欧米諸国が戦争をやっていたので日本も戦争をやったのだ、とか、やれ植民地争いだ、経済制裁だ、世界恐慌だ、軍部暴走だ・・・とかいろいろ読みます。
きっとその通りなのだろうと思います。
でも、つまるところ、人間の命よりも優先される大事なことがあると思っている(すくなくとも、そういう言動をとる)人間が、人のうえに立ってしまったから、あのような悲惨なことが起こったのだと思う。そこが最も重要な点なのではないか。

戦争は差別だ。
僕はそう思っています。
開戦の決定をくだすのは、自分が戦場に行くことなんて考えてもみない人たちなのです。
たとえば、アイゼンハワーとスターリンとか、レーガンとブレジネフとか、ブッシュとビンラディンとか、トランプと習近平とか、安倍と金正恩とか、二人でかってにボクシングでも相撲でもいいから、やってくれたらそれでいいのです。もしそういうことなんだったら、せいぜい張り切って、頑張ってほしいものです。
でもそんなことにはなりません。
一番に、貧しい人から戦場に行きます。年齢の若い人から戦場に行きます。田舎のひとから戦争に行きます。
だから、じっさいに戦場に行くのは自分ではないと思い込んでいる世の中の大半のひとが「戦争も仕方ないだろう」って思うから開戦してしまうのでしょう。そこに戦争の本質があると思う。

いまは日本は戦争をやっていません。でも、貧富の差が拡大の一途をたどっています。それが現代の「戦争」です。
貧しい人の生活など気にしない富裕層や中間層がいるから、この「戦争」が拡大しつづけるのでしょう。
貧しい人は、ほかの貧しい人の心配をする余裕もありません。

たとえばこういうことかなと思うのです。ウーバーイーツの自転車が街をはしっている。
それで、僕はとっさにこう思う。
「あ、この近辺もウーバーイーツやってるんだ。おいしいお店はあるかな? でも、ウーバーイーツは少し割高だから、クーポンあるときだけにしておこう」
そんなことが頭にうかんでしまう。
よーするに、自分は食べるほうの側だと思い込んでいて、運ぶほうの側だとは考えない。
どうして自分は食べるほうの側だと思い込むのかというと、それは広告の力です。

これを読んでくださっている人のなかには、運ぶほうの側の視点でみている人もいるかもしれません。そういう視点が必要だと思います。
日本全体の経済をみれば、これから、「食べる人」は減って「運ぶ人」はますます増えることは間違いありません。
僕は、僕たちは、運ぶ側の人なのだ。運ぶ人なのだ。これから運ぶ人になるのだ。食べる側でもピンハネする側でもない。それは明らかなのだ。だから、運ぶ側の視点でものを考えることができないと、大変なことになってしまう。

ウーバーイーツは、これからどうなるのかな。
「運搬代は無料」っていうのを打ち出すだろう。「運搬代はウーバーイーツが負担!」かもしれない。どっちでもいい。
800円のランチに200円の一品をつけたら1000円。1000円をこえたら運搬代は無料。そんな風になるだろう。
いや、それどころか、もっとヒドいモデルも考えられます。
800円のランチ一つでも、これからは運搬代は無料。
えっ、すごいじゃん!ってなる。
よーするに規模を拡大して、価格やら賃金やらを数分刻みで「最適化」したらこれくらいのことは簡単にできる。これはひどい。これは結果的には、製造者(つくる人)と従事者(運搬する人)と購買者(食べる人)をお互いに殺し合わせるようになる。
そんな感じの作戦でくるんじゃないのか。
コンビニとかアマゾンはそうだ。
グーグルなんてもっとひどい。情報提供はすべて「無料」だ。

何が言いたいかというと、僕たちは、働く人たちの姿がみえないように仕組まれている世界に生きているということです。それがインターネットの世界、広告の世界だと思います。
それが、この貧富の差を拡大させる仕組みとして機能しているのだと思うのです。
インターネットやスマホの世界は、ドラえもんでいえば「うそつきかがみ」、ハリーポッターでいえば「みぞのかがみ」なわけだ。それをみんなで覗き込む。
そこには、本当にちゃんと働く人は映っていません。
だからこそ、自分は食べ物を運んだりすることはないと思い込むんだと思う。

僕たちは、子供によい教育をほどこしたり、不況を無くしたり、格差を無くしたりする責任がある。政府にその責任があるのだけど、政府にそれをやらせるという責任がある。これが、ぼくたち大人全員の責任。
でも、いま何がおこっているかというと、僕たちは目をつぶって、そんな問題は存在しないことにしている。
これが現代の戦争なのでしょう。

なぜ戦争が始まるのか、よくわかりません。でも、『はだしのゲン』は、戦争には、戦争をやらせる側と戦争で苦しむ側の二つの「側」があるということを明解に伝えていました。いまは、ふたたび、深い霧がかかって、それが分からなくなってきているようです。



二年半。

 
父が亡くなってから二年半になります。
僕はずいぶん父のことを誤解していました。僕は父が悪い人だと思って育ったので、ながいあいだ本当に悪い人だと思っていたのですが、思い返せば、そんなに悪い人ではなかったと、このごろ四十代も後半となりかんがえます。
それどころか、なかなか偉大な人物であったと思います。ただ、完璧ではなかったというだけです。そんなの当たり前です。

父との思い出は多いわけではありません。
たしかに、キャッチボールをしたり、自転車の乗り方を教えてもらったことをおぼえています。
小学生五年生のとき、剣道を習っていた。毎週土曜日、剣道のおわりに迎えにきてくれていた。
もう忘れていたことを、亡くなってからハッと思い出します。
ただ正直なところ、小学校高学年をすぎると、なにか僕の人生に深く関連していたような気があまりしないのです。
ほとんど重要なことはすべて母が決めていたように思います。
家にまったく居なかったような気もするし、ずっとそこに居たような気もする。
なんだかよくわかりません。
朝ごはんも、晩ごはんも、一緒に食べていたような気もするし、食べていなかったような気もする。
ひとつだけ確実に言えるのは、僕よりはるかに生真面目な人物であったので、僕が寝ているあいだに起きて、なにかひと仕事くらいは終えていた。
中学校や高校のころも、きっと、僕よりも先に出勤していたから顔を合わせていなかったのだと思う。
それをあまり憶えていない。
その、憶えていない、というのが自分で申し訳ないのです。

大学のときに、なかなか卒業できないので、僕がもう退学しちゃおうかなと言い出したことがあったらしいのです。
それで、ほとんど叱ったりしたことのない父がカンカンになり、叱られたらしい。
僕はまったく憶えていません。母がそのように言っていました。
それで僕は学校をちゃんと卒業しようと思い直したらしい。

それから、僕が、大学生のころだったか、卒業したてのころだったか、駐車禁止違反ばかりをやっていて、その通達の封筒がひっきりなしに家にとどくので、最後に父が怒った。
立派な人物にならなくていいから最低限のルールだけは守れ、と言われちゃった。

基本的にはその二つくらい。
それ以外は、叱られたことは、ほとんど無かったと思います。
ときおり、学生のころ、僕がアメリカ帝国主義ガーとか、生意気なことを言っていると、なにも知らないくせにいい加減なことばかり言うなっ、ということで、最後には顔色が曇っていたりしました。
中学のときだって高校ののときだって、学業のことやらいろいろに、父は気をもんでくれていたはずです。
でも何も言いませんでした。

僕が思うのは、きっと父は、どこかの時点で、ぜったいに叱らない、と決めたんだと思う。
きっと父は、どこかの時点で、ぜったいにああしろこうしろ言わない、と決めたんだと思う。
それから、きっと父は他人に対しても、ぜったいに怒らない、って決めたんだと思う。
他人に対して、ああしろこうしろと言わない、って決めたんだと思う。

その理由はいま分かった気はしている。
きっと、諸般の事情で、叱っても、言葉が誰にも届かなくなったんだと思う。
そうなると、いま口を開くより、いっそのこと黙ったほうが、最終的には父の真意は僕にも伝わるだろう。
父はそのように考えたのだろうと思うのです。
それくらいは考えることのできる人だったと思う。
黙るというのはつらいものです。だから、僕の人生から父の存在がある一定の程度は、消えちゃっているんだと思います。
それしか選択肢がのこされていなかったのではないかと思う。
そうしないと長期戦に勝ちのこれないから。


僕が、とくに二十代や三十代のころはチャランポランだったから、どれほど父は苦々しく思っていただろうか。
でも何も言わなかった。
僕はずっと心の底で、おかしいなあ、と思っていた。
いまは分かってきた気がする。
二十年か三十年たったあと、何が起こるか、誰がどうなるか、だいたい見えていたんだと思う。
そんなことを考えながら、誰にも伝わることのない苦しみのなかで孤独に生きたんだと思う。
逆にいえば、頭が良すぎて、誰のことも分かってあげることは無かった人生だったと思うけれども。

でもまあ、そんなことを書いたって、父も母も「いや、それはちょっと違う」って言うだろうな・・・。

六十代の後半になってからは、しょっちゅうメールをやりとりしたり、音楽のことでアドバイスをもらったり、話をすることもすこし増えた。
父の誤算は、72歳になるのを待たずして逝かなければならなかったことだ。
でも、頭のいい父だから、ぜんぶ分かっていたような気もする。
亡くなる二週間前、痩せてしまった父は、大晦日の深夜をすぎて、年を越したとき、筆談で、「来年のいまごろはどうしてるかいな?」と書いた。
そんなことを書かれて、僕は困った。いまから思えば、渾身のジョークだったのだと思う。

父の遺した大量の本やら、書類やらがまだ片付いていません。
いまは、父の部屋は、何も片付けていないから博物館の展示みたいになっちゃってる。
パソコンの中や写真も片付けている途中。
それで、ゆっくり、すこしずつ分かってくる気がしています。
むろん、父は、そんなことにこだわってはダメだ、ちゃんと仕事をしろ、前を向け、と言うと思う。
だから、出来るかぎりは、そのように努力したいと思っているところです。

テレビ、「お笑い」。

 

うろ覚えですが、八十年代に、永六輔がテレビ娯楽番組の劣化を憂いてこんなことを言っていました。
テレビの話芸というのは、これまでは、大体は「女性言葉」でやってきたのだと。
たとえば欽ちゃんは自分のことを「あたし」と言います。そういうものが崩れてきた。それが怖いと。
永六輔の主張の細かいところはハッキリとはおぼえていません。たしか、テレビ番組が年を追うごとに品の無い見せ物になってゆく。なんというか、テレビが優しい家庭的なものから、脅迫的で商業的なものに変わってゆく。
そのことが最も現れているのが、言葉にたいするテレビ人の態度だということでしょう。
「あたし」や「わたくし」が聞かれなくなり、「オレ」や「わたし」になってゆく。
彼が念頭においていたのはビートたけしだったろうと思います。しかしそのあと九十年代には、ビートたけしだけでなく、島田紳介やダウンタウンが大阪弁を駆使してそういう言葉の砦の破壊をおこないました。(あれが本当の大阪弁ではないというのはもっとたくさんの人に知ってほしいけれども。)
僕の感覚としては、いまは、テレビ文化の、そういう闘いがぜんぶおわっちゃった焼け野原みたいな時代に生きているという気分です。

すこし前に、海外生活のながい友人としゃべりましたら、最近日本に帰ってきたところで、テレビを見ると「ワイプ」っていうのが目障りで仕方がないということでした。
テレビ画面の右上あたりに小さく、笑ったり驚いたりしている顔が映るあれです。ああいうものは外国のテレビには無いというのです。
「ああ、あれは僕たちの顔を映している鏡のようなものです」と僕がこたえると、その友人は大爆笑していました。笑ってもらえて僕も本望でした。

ワイプも気になりますし、あとは、バラエティいわゆるお笑いでは、「大御所と若手」っていう構図がものすごく気になるのです。
この数十年くらい、スタジオでビデオを見る、っていうのが流行しているようです。 若い出演者がロケに出て、さまざまな危険な目に遭ったり、身体を張って可笑しなことをやってきたビデオを、「格上」のタレントが、鼻で笑いながらスタジオで眺めるというものです。「天才たけしの元気が出るテレビ」が始めたスタイルでしょうか。
つまり、身体を張って笑わせる側と、苦笑してあげる側がいるわけです。
なんという醜悪な見せ物なのかと思います。
もちろん、視聴者は「苦笑する側」に同化します。そのようにつくられています。そのためにわざわざ分けているのです。
「ワイプ」が視聴者に向かって感情を指図しているのと同じことでしょう。

北米やヨーロッパのテレビを見ていると、ちがうようです。トークショーなどは昔から観客をいれて生中継するものです。日本は生放送がずいぶん少なくなったのではないでしょうか。また、観客をいれるものがあっても、そちらのほうにカメラがいく頻度がとても少ないように感じます。
やはり、同化する対象を指定したいからなのでしょう。同化すべきは、スタジオ観覧をしている観客でもなく、身体をはって笑いをとろうとする「若手芸人」でもなく、それを呆れ顔でながめているベテラン芸人のほうです。
つまり、テレビの所謂お笑い番組はこういうメッセージを発しているように見える。
「とても質の低い、くだらない笑いを提供するのですが、ベテラン司会者が苦笑しているように、視聴者のみなさんも苦笑してくださればそれでいいんですよ。だって、本当に面白いものって、頭をつかったり集中力が要るでしょう? そういうのはイヤでしょう?」

僕の言いたいことは・・・
この15年くらいつづいているお笑いブーム、いつ終わるん。
僕が子供のころにあった「漫才ブーム」は2年くらいで終息したのに。
早いとこ終わってほしいわー。


東京都知事選、誰に投票するか。

 

毎回恒例の、僕はどこに投票するか、です。

僕は神奈川県民なのですが、東京都知事選のことを書きます。
いうまでもないことですが、都民1200万人の命と暮らしをあずかる行政首長
の選挙であり、国全体にも大きく関係することです。

過去最多の22人のひとが立候補しているのだそうです。
都知事選というのは、毎回ヘンなのが立候補するのが常ですが、今回はとくに、さながら地獄絵図です。

104920443_749960549082428_257852278051655657_n.jpg
選挙公報:
https://2020tochijisen.tokyo/public/files/senkyokouhou_all.pdf

ブログで書くべきことがあまりに無くてヤバいのですが、あらためて同じことを書きます。

選挙というのは、僕たちのものです。政治家のものではない。それは右の人も左の人も同じです。だから、僕たちは、選挙に向き合うため、みんなの〈常識〉というのをつくらないとアカンと思います。新聞もテレビも文化人も芸能人も、「投票にいきましょう!」とか、そんな東京ディズニーランドのようなことばかり言うていては、おさきは真っ暗です。というか、真っ暗です。光がみえません。光はどこにあるかというと、きっと、誰に投票するかをみんなで「話し合う」というところにあるはずです。それが民主主義のはずです。ジャーナリズムも言論もデモも、すべてその一環のはずです。
そういうわけで、その常識というのは、三つくらいではないかと思います。

一つ目は 誰に投票したらいいか、隠すのではなくてみんなで話し合わなくてはいけない。報道にしても、井戸端でしゃべるにしてもケンカにならない術を、大人は身につけよう。音楽家とか文化人とかは、誰に投票するか発表したほうがいいと思う。それが「話し合い」につながるから。(じっさいに誰に投票したかは言う必要はない。)

二つ目は、サンタクロースが存在しないのと同様、救世主はこの世にいない。だから選挙というのは「よりマシ」を選ばなくてはいけない。それで世をすこしずつ良くしていくしかない。

三つ目は、政治というのは基本的には〈政党政治〉でなりたっている。だから、政党でえらぶ。一番マシと思える政党を、選挙期間だけでなく常日頃から、きびしく叱りながらはげしく応援するしかない。政党っていうのはそもそも、そういうものだったはず。

よーするに、この三つを駆使して、リベラリズムというのか、ソーシャルデモクラシーというのか、むずかしい言葉は知りませんが、そういう、自由とか人権とか民主主義とか言いながら、弱い人の側を大事にする政治をつくっていくしかない、ということなんじゃないの。

前置きが長くなってしまいました。東京都知事選です。
前回は小池百合子は290万票をとりました。そのときは自民が180万票、立憲共産社民の鳥越が130万票でした。やはり、今回も小池百合子が当選するといわれています。

主な候補者はつぎのとおりです。

 小池百合子(無所属、現職、元防衛大臣)
 宇都宮健児(無所属、元日本弁護士連合会会長)
 山本太郎(れいわ新撰組、元参議院議員)
 小野泰輔(日本維新の会、元熊本県副知事)
 立花孝志(ホリエモン新党、元参議院議員)

ひっくりかえしても、ヨコから見ても、ナナメから見ても、宇都宮健児しかいません。「貧しい人の力になりたい」と言って弁護士になった人であり、その志を貫いていることはあらゆる実績があらわしています。今回は、立憲民主党や共産党や社民党も、ちゃんと宇都宮を応援することにしています。

そのときどきで、うまい話にのったり、うまそうな話をつくったりして、なんとか時流に乗って延命をはかる政治家や政党は、いずれ根負けして居なくなってしまいます。そういうのは歴史を後退させる者だと思う。いまの日本の死屍累々たるありさまは、こういう政治を良しとした結果じゃないでしょうか。

誰が勝つかということではなく、宇都宮健児が何票をとるかということが重要だと思います。日本をすこしずつ良いところにするのは、何十年とか何百年の話だからです。

僕が東京都民であったら、都知事選では宇都宮健児に投票します。


"BREAK EVERY CHAIN"

 

BREAK EVERY CHAIN sung by Tasha Cobbs Leonard, First Baptist Church of Glenarden





力はある イエスの御名において
力はある イエスの御名において
あの鎖
この鎖
どの鎖も
切ってしまえ

味方が進撃を開始した
味方が進撃を開始した
あの鎖
この鎖
どの鎖
切ってしまえ

ガチャリガチャリ
  鎖がおちてゆく
ガチャリガチャリ
  鎖がおちてゆく




There is power in the name of Jesus
There is power in the name of Jesus
To break every chain
Break every chain
Break every chain

There is an army rising up
There is an army rising up
To break every chain
Break every chain
Break every chain

I hear the chains falling
I hear the chains falling



知らないオジサンについていく子供の話

 

もう四、五年前のことですが、こんなことがありました。
僕の娘の、当時の同級生のAちゃんのことです。小学4年生の女の子です。

「Aちゃんっていう友達、ちょっと変わってるねん」
「へえ、そうなん。どういう風に?」
「考えられへんような行動をとるねん。知らないオジサンについていったり」
「えっ! 知らないオジサンについてったん? それはタイヘンなことやんか!」
「うん、結局は何もなかったから大丈夫やってんけど」
「ああよかった。何があったん?」
「公園でな、お婆さんが倒れてたらしい。それでAちゃんが声をかけて助けようとしてん。A子ちゃん一人では助けられないから、通りかかった男の人にお願いしてん」
「ほんで?」
「それで、そのお婆さんは大丈夫やったけど、念のため、二人で家まで連れていった。そのあと、そのオジサンが、〈じつは、この番地の住所の家をさがしてるんだけれども、どこか分かる?〉って聞いてきたらしい。〈ウチが〇丁目〇番だから、それなら近くのはずだよ〉と言って、しばらく一緒に探してあげたんやって。それでそのオジサンの探していた家はすぐちかくで見つかったんやって。それだけ。だから何事もなかったんやけど」
「なんやあ、そんなことかあ。それやったら、Aちゃんは悪くないやん。〈ついて行った〉っていうわけでもないやん」

ここからが問題です。
「え、なに言うてんの、大問題やん。絶対ついていったらアカンやん?」
「そうなん? それくらいはエエんちゃうの? オレがそのオジサンの立場やったら、同じことするかも。知らない土地で〈お嬢ちゃん、どっちに行けば電車の駅か教えてくれる?〉とか訊くかもしれへん。公園で、ヒマつぶしに〈おにいちゃん、カッコいいオモチャ持ってるねえ〉とか」
「えっ! それは絶対にアカン。〈お嬢ちゃん〉って声かけた時点で、完全にアウトやん。それは、コワいオジサンやで、不審者やで」

これにはショックをおぼえました。自分が、「コワいオジサン」すなわち不審者のたぐいだと云うのです。自分で、なかなか認めることができず、しばらく僕の脳みその機能は停止しました。
すこし時間をかけて、ようやく理解してきました。結論として、僕が「不審者とまちがえられる予備軍」から離脱する方法は一つしか残されていません。なにがあっても知らない子供と話をしないと心に誓うことです。
僕は心のなかで「そんなアホな話があるか、僕は不審者じゃないぞ、子供は世の宝だ、近所の子供と挨拶程度ならさせてくれよ」なんて思ってしまいます。でもそれは誰からも許してもらえないのです。知らぬ間に自分も抑圧者のグループに属しているからです。「男性」「おじさん」という悪いほうのグループに。
いろいろと弁明をして、自分が不審者でないと説明しても意味がありません。それに、昼ならイイ、夜はダメとか、そういう問題でもありません。田舎ならイイが都会はダメとか、道を訊くのはイイがお菓子をあげるのはダメとか、そういう問題ではありえないのです。
僕ではない他の誰かのオジサンが子供にいたずらをするような事件があるので、世の子供達は知らないオジサンと口をきいてはいけませんと教えられているのであり、それを大人は常識として知らねばならず、したがって僕は子供に話しかけてはいけないのです。

たぶん、差別を無くす、ということはこういうことなのかなと思ったのです。
人は、抑圧者であったり圧倒的な優位にあるグループに属していることを認識できない。ある側からしか見たことがないので、もう一方の立場が理解できない。男と女とか、先輩と後輩とか、上司と部下とか、社長と従業員とか、医者と患者とか、お金持ちとそうでない人とか、教師と生徒とか、大家さんと借主とか、大企業と消費者とか、行政と市民とか、政治家と庶民とか。健康な人と障害のある人とか、身体に不満がないと自信が無い人とか。強いもの側からの目線。その人に悪気がなくても、すでに世の中は弱い者いじめであふれかえっている。知らないあいだに人をいじめている。
視界をひっくりかえして弱いもの側からの視点にたつことができれば。じつは簡単なことなのに、思わず、「オレはちがうぞ、オレはいじめてないぞ」とやってしまう。

本当に「オレはちがうぞ」なのだろうか、ということが問題です。いまあげたケースで云うならば、「善意の子供好きのおじさん」も、すこし子供と楽しく話をしてみたいという気持ちは、世の中からおかしな犯罪や差別が無くなる日まで我慢しなければならないということです。子供からすれば、オジサンに話かけられてもイイことなんて一つもないのです。
「強い側」と「弱い側」が発生するときに、強い側に弱い側の視点を獲得させるということです。強い側にいる者からすれば、簡単には理解できないことが、いくら聞いても信じられないようなことが、この世にはあふれかえっていて、あふれすぎて、血も涙もそこらじゅうに流れていて、それでも目に入らないのです。


LEAN ON ME(ビルウィザーズ 1972年)

 
"LEAN ON ME" by Bill Withers, 1972







Sometimes in our lives
We all have pain
We all have sorrow
But if we are wise
We know that there's always tomorrow

ながい人生 ときには
誰だって つらいことがある
誰だって 悲しいことがある
でも昔から云うよ
かならず明日は来ると

Lean on me
When you're not strong
And I'll be your friend
I'll help you carry on
For it won't be long
'Til I'm gonna need
Somebody to lean on

僕に寄りかかりなよ 強くなれないとき
友達になってあげる
耐えるのを手伝ってあげる
いずれ僕だって
誰かに寄りかからなくちゃいけない

Please swallow your pride
If I have things you need to borrow
For no one can fill those of your needs
That you won't let show

僕にできることがあったら
教えてほしい
恥ずかしがらずに言ってくれなきゃ
君が何を必要としているのか分からないよ

So just call on me brother when you need a hand
We all need somebody to lean on
I just might have a problem that you'll understand
We all need somebody to lean on

そうさ 誰かの手を借りたいときは
僕のところに来なよ 兄弟
みんな 誰かに寄りかかって生きるんだから
いつかは僕の悩みを聞いてよ
きっと分かってくれる
みんな 誰かに寄りかかって生きる

Lean on me, when you're not strong
And I'll be your friend
I'll help you carry on
For it won't be long
'Til I'm gonna need
Somebody to lean on

僕に寄りかかりなよ 強くなれないとき
友達になってあげる
耐えるのを手伝ってあげる
いずれ僕だって
誰かに寄りかからなくちゃいけない

So just call on me brother when you need a hand
We all need somebody to lean on
I just might have a problem that you'll understand
We all need somebody to lean on

そうさ 誰かの手を借りたいときは
僕のところに来なよ 兄弟
みんな 誰かに寄りかかって生きるんだから
いつかは僕の悩みを聞いてよ
きっと分かってくれる
みんな 誰かに寄りかかって生きる

If there is a load you have to bear
That you can't carry
I'm right up the road
I'll share your load
If you just call me

大きな荷物があって
抱えきれないとき
僕が出かけていって
一緒にかついであげる
呼んでくれさえすれば

Call me whenever you need a friend
Call me if you need a helping hand
Call me
Call me...

僕を呼びなよ 必要なとき
僕を呼びなよ 僕でよければ
僕を呼びなよ
僕を呼びなよ


1234567891011

2020年8月

            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          

月別 アーカイブ